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創立記念日によせて

2020.05.09 中学校 高校 普通科 高校 音楽科

創立記念日によせて

校長 平井敬員

本校は、大正13年(1924年)5月9日に兵庫県知事より設立が認可され、同じ年の6月15日に「山手学習院」として開校しました。従って、本日、5月9日は、本校の96回目の創立記念日に当たります。

当時、神戸には、現在の中学校にあたる高等女学校の数が少なく、向学心に燃える女子生徒が、義務教育であった尋常小学校を卒業して、さらに勉強を続けたいと思っても、学校に入学することができませんでした。

そこで、当時の神戸市立山手尋常小学校の杉野精造(すぎのせいぞう)校長先生が発起人となって、卒業生の保護者の方々や、地域の方々のご協力を得て、女子中学生の就学難を緩和するために新たに設立したのが「山手学習院」だったのです。

創立当初、「山手学習院」の授業は、山手小学校の校舎の4階を間借りして始まりました。それでも、女生徒たちは勉強が続けられることを大変喜んだそうです。その山手小学校の場所は、現在の「こうべ小学校」のあるところです。(「こうべ小学校」の南門付近には、「山手小学校発祥の地」という石碑がおかれています。)

建学の精神である「自学自習」「情操陶冶」についても、杉野先生の教育的信念だといわれています。杉野先生はこうおっしゃったそうです。「学校は教校ではない(教校とは教えるという字に学校の校、教えるところという意味)。学ぶ所である。自力的に学習していく場所である。いかにして教えるかの問題は解決されても、いかにして学ぶかの問題は解決されていない。この意味において自分は自学自習の態度の建設に留意すべきである。」

つまり、杉野先生は、「学校は生徒が学ぶところだ、先生が何かを教えるということよりも、子供たちが自分から進んで学ぶ態度を身につけることに力を注ぎたい」、と考えたわけです。

もうひとつの建学の精神「情操陶冶」、その「情操」は今では「情操教育」などという言い方で使われます。感受性や情緒などの人間の感情面や心情、感性などを表すことばです。『陶冶』は『人格の陶冶』などという言い方をします。「陶冶」の陶は、土を練って瀬戸物、焼き物を作り上げる、「陶冶」の冶は、金属を溶かして型に入れたりして物を作り上げる、「冶金(やきん)」の「冶(や)」です。人間を作り上げる、育て上げることです。情操陶冶とは、つまり、『豊かな人間性をはぐくむこと』と考えていいと思います。

皆さんが身に着けている制服(冬服)は、創立2年目、当時のアメリカ人女性英語教師、シャーロット・J・スミス先生の考案によるものです。流行に左右されない形と色合いが好まれ、これまで引き継がれてきました。紺色は、上品で知性的な雰囲気を与えてくれます。セーラーの形はやさしい印象があります。

校章も定められました。全体が銀色のものが始まりでしたが、まもなく、ライトブルーに、赤い「山手」の文字が描かれた現在のものになったそうです。

校歌は、少し遅れて、昭和3年(1928年)に制定されました。作詞も作曲も、当時の本校の先生方です。歌詞は、1番から4番までありましたが、第二次世界大戦後、1番2番の歌詞の内容が時代にそぐわないとして、3番4番のみを歌うようになりました。それが今も引き継がれ歌われています。

創立3年目、大正15年のことです、諏訪山町の今の校地に新校舎が完成して、南の山手小学校から、生徒や先生方が引っ越してきました。移転と同時に「山手学習院」は正式な女学校「神戸山手高等女学校」となり、新1年生を迎えました。

次第に教育施設、教育環境が整えられ、神戸山手の基礎が出来上がっていったわけですけれども、やはり、大変苦労した時期がありました。それは自然災害と戦争です。

昭和13年7月、阪神大水害の際には、神戸市内だけで616人もの人々が亡くなり、市内各所で地滑りやがけ崩れが起こりました。

本校でも、運動場のがけが崩れ、学校の前の道路にも「再度谷(ふたたびだに)川」の濁流があふれ、正門までもが流されました。7月5日から10日まで学校は臨時休業。水害後始めて運動場を使用して朝礼を行ったのは11月だったそうです。

また、太平洋戦争中の学徒動員は昭和18年に始まったようです。働き手がいなくて、女子学生までが工場に動員されるようになりました。昭和20年3月、神戸大空襲に見舞われ、神戸は大きな被害を受けました。本校の木造校舎は消失し、現在の本館だけが、コンクリート作りだったため、消失せず残りました。終戦後は、教室が足りなくて、講堂を4つの教室に仕切って使用していたそうです。

このようなさまざまな困難を克服しながら、神戸山手高等女学校は戦後の学制改革によって、新制・神戸山手女子中学校、高等学校となりました。

その後、昭和28年、第4代校長、勝本鼎一先生の時代に、週に1時間の全校コーラスの時間が設けられ、昭和30年からは、春の全国高校野球大会の開会式において、大会歌の合唱を本校が担うこととなりました。(今年は新型コロナウィルス感染拡大のため、選抜高校野球そのものが中止になりました。)

また、昭和41年には、高等学校に音楽課程が設置されました。やはり、全校コーラスと同じで、合唱によって生み出すハーモニーが全校生の「調和と協力」の精神を養う、という勝本校長先生の音楽教育に対する思いからでした。また、勝本先生は高校3年生の卒業式を、司会者をおいて進行するのではなく、合唱を中心とした、それぞれの曲が卒業式の流れを作っていくようなものに一新しました。高校の卒業式に出席した人ならよくわかると思いますが、それが今も引き継がれているわけです。

神戸山手の先輩たちは、『山手学習院』『神戸山手高等女学校』の伝統をふまえつつ、努力を重ね、しっかりと、まじめに、山手の生徒としての本分を尽くしてきました。高校の卒業生の中には、芸術・音楽の分野や医療・福祉の分野、公務員や民間の企業などで活躍されている先輩方も多数居られます。そんな神戸山手は、いまでは、伝統ある女子中学校・高校として、県民の皆さんにも評価をいただいています。

一方で、昨年、本校の併設大学である神戸山手大学は、関西国際大学と大学統合を行い、それに伴って、本校を運営する学校法人「神戸山手学園」と学校法人「濱名学院」との法人合併が行われました。

そして、この4月に、新学校法人「濱名山手学院」は、関西国際大学、関西保育福祉専門学校、神戸山手女子中学校高等学校、認定こども園難波愛の園幼稚園を併設する総合学園として新たな出発をしましたが、それらを包含する教育機関としての「ありたい姿」を示すものとして、"3つのC"すなわち「Communication(対話、伝達)、Consideration(熟慮、考察、思いやり)、Commitment(参画、貢献)ができる人間の育成」を、新たな「教育ミッション」としました。

本校も、この新たな「教育ミッション」のもと、2024年、創立100周年に向けて、時代の変化に対応し、地域の小・中高校生があこがれるような、魅力ある神戸山手女子中学校高等学校を築いていかなければならないと思っています。

新型コロナウィルス感染拡大が未だ収束しない中、本校は96回目の創立記念日を迎えました。先の見えにくい不安はありますが、このようなときだからこそ、本校の歴史の一端を知り、学校を発展させ、切り拓いてきた本校生としての誇りと、先輩たちに対する敬愛の念を持ってもらいたいと願っています。

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