校長ブログ

学ぶ意義①ー最適解を求める努力

2021.04.14 トレンド情報
414日

 新型コロナ感染症の拡大に伴い、世界中で英知を結集した様々な取り組みが行われています。その中で、理数系科目、特に数学という学問の存在意義が見直されています。感染症克服に向けての数学研究の歴史は200年以上。18世紀、スイスの数学者ベルヌーイは、天然痘がなくなれば、寿命がどのくらい延びるか研究し、20世紀にはイギリスのケルマックとマッケンドリックがインドで流行したペストのデータを再現。その後、様々な数学モデルが生み出され、インフルエンザの流行などが追えるようになりました。

20200625-136.jpg

 近代科学が発展した今でも病原体は視覚で捉えにくく、個々の動向や人の流れといった変化までは把握しずらいものです。そこで、人のつながりを数学モデルに置き換え、感染状況を明らかにしたり、多くの仮定や定数を設けた数式を用いて、感染者の増減などを可視化するような試みが重ねられてきました。  

 人類は、約1万年前、農耕を始めるまでは家族単位で暮らしていましたが、王や貴族などの権力者が現れ、人間社会の基盤が作られました。ネットワーク理論で言えば、人を「点」に例え、その交友関係を「線」で結ぶとハブ空港のようになり、それが人間関係を構築するというわけです。そして、移動手段の発達と共に、人々の交流も増え、感染症対策が難しくなっていくという構図。ハブとなる人物が影響をもたない時代なら感染症拡大はおさえられますが、人間の接触が増えれば自ずと感染率は上がります病原体がわずかでも1人の感染者があちこちに広げる存在になり得るということは、21世紀になって一部の「点」に「線」が集まるというスケールフリー・ネットワークによって定量的な説明がなされ、広く知られることになります。

 しかし、数式や数理モデルによる予測は、様々な自然現象の相関関係や未来の経済動向を見通せるものの、"ばらつき"が生じるのもまた事実。必ずしも正解が導けるわけではありません。分析する側が何を前提とし、どのようなデータを作成するかによって信憑性に濃淡が出てくるのは当然であり、完全な正解を得るまでには至りません。予測に不確実性はつきもの、大切なのは、あらゆる事態を想定して、種々のデータを統合的に判断、最適解(納得解)を導くことがリスク管理の第一歩です。対コロナで言えば、リスクとベネフィットに配慮しつつ、ポートフォリオを組むのも一法と言えるでしょう。正解が一つでない問いに対して最適解を求める教育が標榜されるのはまさにここにあるのです。

 東京都は、緊急事態宣言について、感染症と経済活動の相関関係に対する予測を重視、感染者数を減らしてから宣言を解除する方が経済へのダメージは小さくなると判断し、宣言を約カ月先送りしました。これはコロナ対策を一歩進めるだけでなく、経済学がエビデンスに基づき、政治と科学の距離を縮めた好個の事例となりました。"教科横断的"とか"学際的"なアプローチがこれにあたります。

 本校では、「山手ルネサンス」の下、未来型リーダーシップをもつ女性育成を掲げていますが、正解がない問いに対する最適解や教科横断的アプローチを強化することによって、探究力をブラッシュ・アップしていける教育を日々、実践して参ります。