校長ブログ

ナイチンゲールから学ぶ

2023.05.08 トレンド情報
5月8日

 19世紀半ば、クリミア戦争で負傷した兵士を献身的に看護し、「クリミアの天使」と呼ばれたフローレンス・ナイチンゲールは、近代看護学の礎を築いたと言われる人物です。

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 ナイチンゲールは、当時、新しい学問であった統計、つまり、データ科学を活用して課題を見える化し、ビクトリア女王をはじめ、多くの要人たちの信頼を得て、様々な改革につなげたとのこと。データ科学の知識を深められたのは、最先端の統計学者との交流であり、彼らから具体的な手法や考えを学んでいます。

 ナイチンゲールは、クリミア戦争の惨状を伝える新聞を読み、心を痛め、看護師団を結成。イギリスがトルコに開いた病院で働き、傷病兵の様子を見て回るその姿が報道され、国民の尊敬を集めます。理想的な看護師であったわけですが、改革意欲も強かったようです。当時、兵士の多くは怪我ではなく、コレラや赤痢に感染して命を落としていました。そこで、院内の衛生状態を改善して3カ月ほどで40%以上あった死亡率を5%ほどに減らす功績もあります。

 当時のイギリスは、健康に対する関心は低かったものの、軍の衛生問題を改善させるため、友人の政治家やビクトリア女王の支援をとりつけるなど、政策面でも力を発揮します。そこでポイントになるのが統計学の知識。当時、なじみがない分野であったため、表や棒グラフ、円グラフなど一目でわかるようにする工夫をされたとか...。クリミア戦争では、兵士の死亡原因について、負傷を赤、感染症を青や緑、その他を黒に分け、頭に入りやすくしたそうです。また、出征した兵士の死亡率が同年代の民間人よりも高いことも示しています。要するに、統計分析によって社会現象を予測し、改革の方向性を示したわけです。

 しかし、ナイチンゲールが看護師として活躍したのは実質的には3年足らず。クリミアの戦地で感染したとみられるブルセラ症を発症し、ほぼベッドで過ごすようになりますが、研究や書籍の執筆を続けます。1858年に英王立統計学会の会員に推挙され、その後、医療統計の統一基準を作るだけでなく、公衆衛生の改善や大学での統計教育を推進、1907年には有功勲章を女性で初めて受けられています。データ科学者としてのスキルを活用し、信じる道を歩んだナイチンゲールの姿勢に学ぶべき点が多いのもまた事実です。