校長ブログ
公立高校のデジタル併願
2025.05.10
入試情報
5月10日
1人1校しか受験できない「単願制」の見直しに向けて、公立高校入試制度の改革が進められています。その一つが「デジタル併願制」と呼ばれる制度。これは、受験生が複数の志望校を選び、共通試験を通じて自動的に合否を決定するもの。これまで、1校しか公立高校を受験できなかった入試制度の前提を根底から見直す試みです。
現行の単願制では、経済的に私立高校を選択しにくい家庭の子供たちが、本来の希望校を諦めざるを得ない状況が続いています。公立高校に行ってほしいという理由で、あえてレベルを下げたというある保護者のこの言葉は、現実を端的に示しています。学力的にはもっと上の学校を目指せるの生徒が、確実性を重視して志望校のランクを下げているのです。
こうした状況に対し、デジタル併願制は注目されています。愛知県では1989年から独自の併願制度を導入し、制度としては一定の実績を上げています。共通試験を活用し、コンピューターによって合否を自動的に判定するこの方式は、受験生にとっての公平性や透明性の点で優れていると言えます。しかし、制度としての完成度や教育的な意義は別問題。上位校に志望が集中し、中堅以下の学校や専門高校の定員が割れてしまうといった副作用も報告されています。愛知県では2校とも不合格になる事例が増加しており、2025年度の入試では約2,400人がその影響を受けたそうです。
また、共通試験による判定が主となることで、学力=偏差値の序列が強化され、「学びの多様性」や「学校の個性」が軽視される危険性もあります。筑波大学の藤田晃之教授は、受験のための学びが目的化されてしまえば、入試が終わった瞬間に学習意欲が失われる事態にもなりかねないことを指摘しています。
デジタル併願制が、単なる効率化や競争の激化を目的とするのであれば、それは真の意味での教育改革とは言えません。懸念されるのは、学校が序列化され、特色や理念、教育内容が二の次になる風潮が広まること。どの学校にも、その地域、その生徒にとっての存在意義(レゾン・デートル)があります。それを数値だけで判断するような社会にすること自体、時代に逆境しているのではないでしょうか?
制度改革に際しては、第一に、「挑戦」と「安全」の両方の選択肢を持てること。第二に、学校が偏差値ではなく、教育の質で選ばれる社会を目指すこと。第三に、教育現場が制度に振り回されず、むしろ制度を活用して教育の本質に迫っていけるよう支援することが必須事項です。
共通試験の技術的側面についても留意が必要です。記述式問題の扱いや、採点の公平性、各学校の独自性をどう担保するのか。東京都のように一部の進学校では独自入試問題を課している現状を踏まえると、制度導入は一律ではなく、多様性を包摂する形での設計が求められます。それぞれの地域が自らの教育の理想像を描き、現場とともに議論を深め、最適解を見出していく過程こそが、真の教育改革への道と言えます。改革とは、変えることそのものではなく、「何のために、誰のために」変えるのかという問いに真摯に向き合うことから始まるのです。