校長ブログ

アドベンチャートラベル

2025.06.27 教科研究

6月27

 アドベンチャートラベル(AT)という新しい観光の潮流があります。単なる観光ガイドの話ではなく、日本の教育・地域づくり・人材育成全体に関わる重要なテーマとして考える必要があります。

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  ATとは、自然や文化に触れる体験を重視する旅行スタイルで、欧米豪を中心に人気があります。日本でも政府観光局が推進し始めており、持続可能な観光や地方創生との親和性が高い分野です。しかし、この流れに日本の現場はまだ十分に応えられていません。

 顕著なのが、ガイド人材の質と量の両面における遅れ。従来の「昭和の観光」、即ち、東京や京都といった大都市を巡るパッケージツアーとは異なり、ATでは参加者一人ひとりの体験が重視されます。そのため、ガイドには高度な語学力だけでなく、自然や文化に関する深い知識、野外救急(ウィルダネス・ファーストエイド)や環境保全の実践力が求められます。

 ところが、現在の全国通訳案内士制度では、こうした実践的なスキルを十分に評価する仕組みがありません。座学中心で実地試験はなく、資格更新も5年に一度の研修で済みます。趣味感覚で資格取得を目指す高齢者が多いことも、国際的な水準と比べた際の課題といえます。

 欧米の旅行会社からは、環境配慮や救急対応ができないガイドには顧客を送れないとの声も聞かれます。これは単なる観光の問題ではなく、日本が国際社会にどう向き合うかという教育的課題でもあります。

 一方で、北海道では独自のATガイド認定制度を設け、実務経験や語学力、アウトドアスキルを総合的に評価しています。また、台湾ではすでに20年近く前から「LEAVE NO TRACELNT)」という環境倫理を学校教育に取り入れ、次世代の人材育成に成功しています。日本は2021年にようやくLNT関連団体が立ち上がった段階で、まだまだ後発です。

 ここから見えてくるのは、単なる制度の問題ではなく、若者に本物の力を育てる場を与えられているか?という教育の根本に関わる問いです。地方に目を向ければ、ガイドの高齢化も深刻で、若手人材の不足がAT推進の大きな壁になっています。

 かねてから「生きる力」を育む教育を重視してきました。生徒たちは実社会と接点を持ち、リアルな課題に取り組む中で、自分の将来を考えるようになります。ATガイドの育成も、まさにこの発想が求められているのではないでしょうか?語学だけでなく、自然への敬意、危機対応力、そして人と人をつなぐ力----すべてが「生きる力」です。

 ATは大量の観光客を集めるモデルではありません。だからこそ、地方にとっては貴重なビジネスチャンスになります。少人数でも高い消費額が見込め、宿泊施設や交通インフラが限られる地域でも成立しやすい。そこに地元の若者がガイドとして関われるようになれば、観光と教育と地域活性が一体となった新しいモデルが生まれるはずです。

 さらに、地域を越えた連携の動きも始まっています。2025年に設立された「ジャパンツアーオペレーター」は、全国各地の旅行商品をテーマごとに束ねて海外に売り込む仕組みを作ろうとしています。こうした「つなぐ力」こそ、教育でも重視すべき視点です。

 一方で、日本の自治体や観光行政は、いまだに自地域の観光資源だけをPRしがちです。自然や文化は地域を越えてつながるものであり、観光も「面」ではなく「線」や「物語」で伝える時代です。そこにこそ、ガイドの存在価値が問われるのです。

 今、ATという言葉が注目されるのは、日本の観光の転換点を象徴しているからです。「おもてなし」だけでは成熟した観光客を惹きつけ続けることはできません。若者の力を引き出し、世界と対話し、日本の本質的な魅力を伝えていく人材の育成こそ、未来を拓く鍵ではないでしょうか?