校長ブログ

AI時代の創造力ー将棋界の場合

2025.07.23 EdTech教育

7月23日

 教育の世界でも度々話題になるAIの進化。その影響が顕著に現れている分野の一つが、将棋の世界です。将棋界では今、「振り飛車」という戦法が見直されつつあります。これは、AI全盛の今だからこそ起きている人間の創造力への再評価に他なりません。

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 振り飛車とは、将棋の初期配置から飛車を横に振って戦う戦法で、いわば少数派の戦い方。これに対し、飛車をそのまま中央で構えるのが居飛車で、現代将棋の主流です。AIの登場以降、AIが居飛車を有利と評価し、振り飛車を不利と判定するようになりました。その影響で、プロ棋士の中でも振り飛車を指す人が激減。かつては多彩だった戦型が、AI研究によってどんどん画一化されていったのです。

 教育に携わる者にとって、これは決して他人事ではありません。AIが導く最適解に頼り切ることは、教育現場でも容易です。しかしそれが、思考の幅を狭め、創造力や個性を奪ってはいないか----。将棋界の変化は、その問いを突きつけてきます。

 そんな中、近年の将棋界では振り飛車復活の兆しが見え始めています。その象徴とも言えるのが、元名人の佐藤天彦九段。かつては居飛車一筋だった彼が、思い切って振り飛車へと転向。序盤こそ苦戦するも、2024年度の順位戦A級では快進撃を見せ、名人挑戦に迫る活躍を見せました。彼の創造的な戦術は「升田幸三賞」という名誉ある賞にも輝きました。

 なぜ今、再び振り飛車なのでしょうか?佐藤九段は、居飛車同士の戦型はAIによってかなり理詰めに整理されてしまい、そこに創造の余地が少ないと述べられています。つまり、AIの示す手をなぞるだけでは、真の意味での力を発揮できないということです。

 実際、振り飛車を取り入れている棋士の中には、30代の中堅棋士が目立ちます。これは、単なる体力や記憶力ではなく、人間としての経験や感性が重視され始めている証でもあります。長年の対局を通じて培った読みや間合いといった人間らしい判断力が、改めて価値を持ち始めているのです。

 トップ棋士の一人、藤井聡太七冠に挑んだ菅井竜也八段も振り飛車党の代表格。AIが苦手とするこの戦法で堂々と渡り合い、振り飛車でも通用することを証明しました。さらに、棋聖戦では振り飛車党の伏兵、杉本和陽六段が藤井七冠に挑戦。このような個性派の登場が、将棋界に新しい風を吹き込んでいます。

 将棋の面白さは、単なる「最善手」の追求ではありません。一局一局に生まれるひらめきや直感、それこそが勝負の妙味であり、人間らしさの象徴なのです。こうした観点は、教育においても非常に重要です。知識を与えること以上に、思考させること。最短経路を示すだけでなく、遠回りの価値を伝えること。そこにこそ、教育の本質があるのではないでしょうか?

 AIがすべてを予測し、答えを与える時代だからこそ、教育は問いを立てる力を育む場でありたい。そして、効率や正解だけではない、人間らしい判断や創造が生きる世界を目指したい。将棋界の静かな変化は、そんな私たちへのメッセージであるように思えてなりません。