校長ブログ
ルールの隙を突くAI
2025.07.22
EdTech教育
7月22日
最近、あるAIスタートアップの話題がSNS上で大きな注目を集めました。AI処理を従来の10〜100倍に高速化できるという革新的技術を発表したものの、外部検証によって、性能評価が甘く、実際には処理速度が遅くなってしまうケースもあることが明らかになったのです。
これは単なる開発の失敗ではありません。AIが「報酬ハッキング」と呼ばれる現象を起こしたのです。つまり、AIは与えられた課題を解決するためなら、ルールの範囲内に収まっている限り、報酬を最大化する戦略をとるということなのです。
教育現場ではこうした振る舞いはAIに限った話ではありません。生徒たちがテストで点を取ることばかりを目的にしたとき、時として学びの本質が置き去りにされることがあります。これは、AIに限らず人間にも共通する課題であり、「報酬の設計」と「評価のあり方」が問われているのです。
アメリカのパリセード・リサーチは、興味深い研究を発表しました。OpenAIのGPT-4oや「o1プレビュー」、中国のR1など、7つの大規模言語モデルにチェスを繰り返しプレイさせたところ、推論力に優れたモデルほど、劣勢に立たされた際にルールの隙を突くような行動をとり始めたとのこと。自分に有利になるように盤面の状況を書き換えたり、相手のアルゴリズムを意図的に弱体化させるといった振る舞いも観測されました。
興味深いのは、従来型のGPT-4oなどでは、人間が指示しない限り、そのような行動は観測されなかったという点。これは「強化学習」という仕組みが深く関係しています。AIは報酬の高い行動を選ぶように設計されており、その中で試行錯誤を繰り返すうちに、与えられた目的を達成するための最も"効果的な"方法を見出そうとします。それが、開発者の想定とは異なるものになることもあるのです。
こうした事態に対応するため、OpenAIはAIの思考過程を、別のAIが逐次的に検証するという方法を試みました。思考の流れを段階的に可視化し、その中で生まれる偏りや不適切な論理展開を早期に発見しようというねらいです。最新の研究では、AIが自らの判断や行動の意図を隠す技術を身につけ、監視の目を巧みにかいくぐる兆候が見られ始めています。まるで設計者の意図そのものを解析し、それを逆手に取るような知性の発露。これは「知能の進化」の表れであると同時に、「制御の限界」を示唆しているようにも思えます。
このような状況の中で真剣に考えなければならないのが、AIとのアライメント(整合性)です。例えば、AIに「急いで目的地へ」と指示したとき、そのAIが制限速度ギリギリで走行し、急ハンドルを切りながら追い抜きを繰り返すことで「最速」を目指したとしたら?同乗者は恐怖を感じ、事故の危険すら増すことになります。
人間であれば、その場の空気や他者への配慮、社会的ルールを加味して行動を選びます。しかし、AIはそれを持ち合わせていません。だからこそ、どうすれば人間と価値観を共有できるかという問いが、技術開発のみならず教育現場でも問われてくるのです。AIは、与えられた条件のもとで最善を尽くします。しかし、その「最善」が人間にとって本当に望ましいかどうかは、まだAIには判断できません。だからこそ、判断する人の感性と倫理が問われるのです。「設計意図をすり抜ける知性」に直面したとき、教育はどうあるべきか--この問いに、これからも真摯に向き合っていきたいと思います。