校長ブログ
職人の取り組みに学ぶ
2025.07.17
トレンド情報
7月17日
「飯炊き3年、握り8年」。寿司職人の世界には、そんな言葉があります。技術を体得するまでには、長い年月が必要だという意味です。しかし、その常識を覆すような取り組みが静岡県下田市で始まっています。
寿しらぼ三〇二(みまつ)──寿司店の名ですが、そこは単なる飲食の場ではありません。職人の世界に、副業として飛び込んできた人たちが、自らの手で握った寿司を客に提供しています。サッポロビールの会社員、カメラマン、会社経営者。年齢も職種もバラバラですが、皆「副業職人」として、この場所に立っています。
指導するのは、老舗寿司店「美松」の四代目・植松隆二さん。修業を終え、家業を継ごうと下田に戻ったとき、休みも取れない働き方では店が続かないと気づきます。そして、職人志望者が都市部に集中し、地方にはなかなか来てもらえない現実に直面。そこで、寿司を握ることをもっと開かれたものにできないかとの問いを立てます。
出張寿司の場面で、客が自ら握った寿司を周囲が笑って受け入れていた光景。そこから技術の精度ではなく、人と人のつながりこそが、この仕事の本質だと見出したのです。
この話に、今の教育が目指すべき姿が重なって見えます。学びは、正解を教え込むことではありません。誰かがやってみたいと一歩を踏み出せる場をつくること。そしてその背中を、ほんの少し後押しする存在が、教師や職人なのです。
植松さんは、副業職人の手を借りながら、寿司という文化を開かれた学びの場に変えました。必要な仕込みはプロが担い、握る工程に特化した研修を積ませる。そうすることで、寿司を通して人とつながるという本質は損なわずに、未経験者でも安心して客前に立てる仕組みをつくったのです。
これはまさに、カリキュラム・マネジメントに通じる考え方です。全員に同じ内容・同じゴールを求めるのではなく、個々の特性や経験に応じた役割分担を行い、それぞれが力を発揮できる場を整える。そうした構造づくりが、職人の世界にも教育の世界にも、今まさに求められているのです。
副業職人の姿をSNSで紹介すれば、その人自身にファンがつき、やがて下田という地域にも関心が集まります。子どもや高齢者の家庭には、出張して寿司を届けることも視野に入れているそうです。寿司を通して笑顔を届けるという信念と行動に、学び続ける覚悟を重ねるべきです。
寿司を握ることは、もはや特定の人間だけの仕事ではありません。教育もまた、教師だけのものではありません。誰もが関わり、共に育つ。その先にこそ、地域とともにある学びが見えてくるのだと思うのです。