校長ブログ
アートの魅力
2025.08.22
教科研究
8月22日
今回は、時代を越え、私たちの心を揺さぶるアートの世界について。
イタリア・ルネサンスの画家ピエロ・デラ・フランチェスカの『慈悲(ミゼリコルディア)の聖母』と呼ばれる作品の中心には、両腕を広げた聖母マリアが描かれています。そのマントの中で、まるでその大きな愛にすがるように、男女が祈り、身を寄せ合っています。
14世紀のヨーロッパは、ペストの猛威にさらされていました。感染症が神の罰だと考えられていた時代、人々は聖母や聖人に祈りを捧げるしかありませんでした。コロナ禍の経験を通して、この時代の人々の不安や願いを、少し身近に感じることができるのではないでしょうか?
アートは、描かれたモチーフの意味を知ることで、見知らぬ時代や地域にタイムスリップできる生きた教材です。語源はラテン語のars(技術)。独自の世界観や物語をつくりあげ、ビジュアルで伝える技術と言えます。描かれた祈りの姿、構図、色彩は時に、言葉以上に雄弁に物語ります。
現代においても、アートは社会と深く結びついています。例えば、キューバ出身でニューヨークで活動したフェリックス・ゴンザレス=トレス。エイズと偏見に苦しむ時代に、亡き恋人の体重に相当するキャンディーを床に並べたインスタレーション作品を制作しました。観客がそのキャンディーを一つ持ち帰るたびに、作品は減り、「不在」が際立っていく。このシンプルな構造が、愛する人を失う痛みや、社会の無理解に対する静かな怒りを、訴えかけてくるのです。コロナ禍の2020年にはゴンザレス=トレスの財団の呼びかけでキャンディーの代わりにクッキーを積んだ作品が世界各地で設置され、エイズの時代の教訓を訴えました。
アートには、「感じる力」を養う働きがあります。理屈ではない直感、想像力、共感力。グローバル社会を生き抜く上で、欠かせぬ素養です。絵画などを見ながら感想を話し合う「対話型鑑賞」プログラムを取り入れる美術館も増えているようです。実際、欧米の一部では、医師が患者に美術館訪問を"処方"するという動きも広がりつつあります。アートが心のケアにまでつながるのです。
AIが四つ葉のクローバーを効率的に探す映像作品「幸せの四葉のクローバーを探すドローン」で、アーティストのスプツニ子!さんはそれは本当に"幸せ"なのか?と問いかけます。こうした視点の揺さぶりが、私たちに思考の深まりをもたらすのです。
教室の中で、キャンパスの外で、そして人生のあらゆる場面で、アートは人々の感性を養い、未来を見つめる力を育ててくれます。そんな体験を、生徒たちと分かち合いたいと思います。