校長ブログ

東大国語における小説出題の意味

2025.09.19 教科研究

9月19

 ある予備校の先生と東京大の今年の入試についてディスカッションする機会がありました。なかでも話題になったのが、文科13類の国語の第4問に小説が出題されたことです。

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 2000年以降、東京大文類の国語は長らく第1問に論説文、第4問に随筆文という構成でした。しかし今年は、従来の随筆に代わって小説が登場。これは、大学入試としては単なる出題傾向の変化では片づけられない、象徴的な出来事のように思います。

 今年の入試は、2022年度から実施された新課程に基づく最初の試験です。現行の学習指導要領では、従来の「現代文A」「現代文B」が、「論理国語」と「文学国語」に再編されました。東京大はこのうち、文学国語を含めた出題範囲を早々に明言していましたが、それでも、まさにこのタイミングで小説を出してきたことに、何らかの意図を感じずにはいられません。

 論理国語の導入目的は、社会で求められる論理的思考力や情報活用能力の育成にあるとされています。確かに、そうした力は21世紀を生きる上で不可欠です。しかし、実用性を優先するあまり、文学的文章に触れる機会が相対的に減っていくことに危機感を持っている方も多いのは事実です。

 文学は、明示されない感情や関係性、微細なニュアンスを読み取り、他者の立場に立って想像する力を育ててくれます。論理的であることと、情緒や表現の豊かさとを、教育は二者択一にする必要はあるのでしょうか?

 実際、大阪大の文学部や東北大など、小説を積極的に出題する大学の問題に粘り強く取り組んできた生徒たちは、論理性と情緒の両立を体現しています。筋道を立てて読み、感じたことを自分の言葉で表現する力が、文学的文章を通じて確かに育っているのです。

 今回の東大の小説問題も、従来の随筆と同様、簡潔かつ的確な記述が求められました。小手先のテクニックではなく、地に足のついた読解と表現が問われる点では、文学もまた論理の一種と言えます。

 受験生の多面的な力を測ろうとする大学の意図が、今回の出題から伺えます。文学的文章が今後も試験に登場する可能性は増えることが予想されますが、それを回帰としてではなく、深化として受け止めたいと思います。