校長ブログ

デニソワ人研究

2026.01.30 教科研究

1月30日

 人類の歴史は、確定した答えによってではなく、問いの更新によって前に進んできました。近年相次いで報告されているデニソワ人研究は、そのことを改めて私たちに突きつけています。これまで「謎の人類」とされてきたデニソワ人が、実は東アジアに広く分布していた可能性が高まり、その進化の道筋をめぐって、形態とゲノムが異なる物語を語り始めているのです。

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 9月に科学誌『サイエンス』に掲載された論文は、研究者の間に大きな議論を呼びました。中国・湖北省で発掘された約100万年前の頭骨化石を復元し、他の古代人の骨と比較した結果、デニソワ人などの系統に属すると結論づけたのです。しかし、この形態分析による結論は、これまでゲノム解析が示してきた進化の系統と必ずしも一致しません。論文では、デニソワ人とホモ・サピエンスの分岐を約132万年前、ネアンデルタール人との分岐を約138万年前と推定していますが、従来のゲノム研究とは整合しない部分が残ります。

 ここに、現代の人類学研究が直面している本質的な課題があります。骨の形は何を語り、DNAは何を語るのか?あるいは、どこまで語れないのか?という問いです。東京大学の海部陽介教授が指摘するように、形態進化の議論は多くの仮定の上に成り立っています。仮定そのものを検証できない場合、形態だけで結論を急ぐことには慎重さが求められます。ゲノム解析の結果を踏まえたうえで、形態進化のシナリオを再構成する姿勢が不可欠だと言えるでしょう。

 一方で、ゲノムやたんぱく質解析の進展は、新たな可能性も示しています。中国・ハルビンで見つかった約14万6000年以上前の頭骨化石は、かつて「ホモ・ロンギ」と名付けられていましたが、近年の解析によってデニソワ人である可能性が高いとされました。脳容量はホモ・サピエンスに近く、眉の部分が大きく隆起するなど、特徴的な形態を備えています。もし両者が同一であれば、デニソワ人の正式名称がホモ・ロンギになる可能性もあります。

 さらに、台湾西部の海底から見つかった下顎骨がデニソワ人のものであると判明したことは、彼らの分布が想定以上に広かったことを示しています。これまで北京原人やジャワ原人など、まとめてホモ・エレクトスとされてきた東アジアの化石群の中に、デニソワ人が含まれている可能性も指摘されています。

 では、デニソワ人はどこから来たのでしょうか。ゲノム解析は、彼らが東アジアの原人から単純に進化した存在ではないことを示しています。どこか別の地域から来た人類が、アジアの地で独自の進化を遂げたという見方も、現実味を帯びてきました。

 重要なのは、ここで安易な物語に飛びつかないことです。人類史は直線的ではなく、複雑に交差する歴史の積み重ねです。だからこそ私たちは、「まだわからない」という状態に耐え、証拠を往復しながら考え続ける必要があります。

 この姿勢は、研究の世界だけでなく、教育にも通じます。正解を急がず、仮説を立て、検証し、更新し続ける力です。デニソワ人研究は、人類の過去を照らすと同時に、これからの学びのあり方を私たちに静かに問いかけているように思います。