校長ブログ
高校DX
2026.02.27
EdTech教育
2月27日
AIが社会の基盤となる未来は、もはや予測ではなく現在進行形の現実です。しかし、その現実に対して日本の教育、とりわけ高校段階の人材育成がどれほど一貫性をもって応えているかと問われると、胸を張れる状況にはありません。
小中学校ではGIGAスクール構想により、公費で1人1台端末が整備され、授業改善が確実に進んでいます。子どもたちは端末を使いこなし、学び方そのものを更新しつつあります。一方で高校はどうかと言うと、文科省の調査によれば、都道府県立の高校でも1人1台は達成されているものの、過半数が自分の端末を持参するBYOD(ブリング・ユア・オウン・デバイス)方式となっています。
端末代が保護者の負担となり、学びのデジタル化が足踏みしている現状として象徴的なのが岐阜県の決定です。2026年度から県立高校での端末貸し出しを打ち切り、原則として生徒負担にすると発表しました。6万〜10万円という金額は、決して軽いものではありません。3万5千名もの署名が寄せられたという事実は、家庭の経済事情と教育機会の接続がいかに脆いかを示しています。
学校現場でDXを推進する立場として痛感するのは、端末というハードの問題は、実は課題の「入口」にすぎないということです。学習指導要領が求める「主体的・対話的で深い学び」を実現するには、探究活動を支えるツールとして端末が不可欠です。しかし、高校では、依然として板書中心の授業が根強く残り、ICT活用が日常になり切れていません。
ベネッセの調査でも、高校生の端末利用は「先生との連絡」「暗記」など受動的用途が中心で、「発表・共有」といった探究的な学びは低調でした。これは単に高校が遅れているという問題ではありません。大学入試、教員配置、時間割、校内マネジメント等、あらゆる教育設計が、高校段階の探究やDXと整合していない構造的問題なのです。
AI人材が15年後に326万人不足するという経産省の推計は、決して誇張ではありません。経済活動のみならず、社会の持続可能性そのものが脅かされます。エストニアが全国の高校生にAI搭載アプリを無償提供するという大胆な政策を打ち出したのも、未来への投資として極めて合理的です。
文科省は高校無償化の本格実施に合わせ、「グランドデザイン」を策定する予定です。ここに、単なる制度整理ではなく、高校DXを国家戦略として位置づける 覚悟が求められます。高校が変われば、日本の学びの連続性が回復します。そして何より、子どもたちがAI時代を自ら切り拓く力を身につけることができます。教育は未来をつくる仕事です。だからこそ今、高校DXを後回しにする余裕はないのです。