校長ブログ
哲学する力
2026.02.21
トレンド情報
2月21日
AIが日常に溶け込み、「考える」ことの多くを機械が担う時代に入った―そう実感する場面が、教育現場でも確実に増えてきました。授業づくり、校務、評価、さらには進路指導に至るまで、AIはかなり有能です。だからこそ、今、学校教育の現場で改めて問い直さなければならないのは、「では、人間は何を担うのか?」という、極めて根源的な問いです。
先般、ビジネスの世界で「哲学専攻」が注目されているという報道がありました。なぜ今、哲学なのか?エール大学のローリー・アン・ポール教授は、AIがもたらす予測不能な未来に、既存の価値観だけでは対処できなくなりつつあることを指摘しています。実際、AIと倫理に関わる人材の中で、哲学を学んだ人の比率は際立って高い。これは決して偶然ではありません。AIが高度化すればするほど、正解のない問い、価値が衝突する場面が増えていくからです。そこでは、計算の速さや処理能力ではなく、「どの価値を優先するのか」「なぜその判断に至ったのか」を、言葉で説明する力が問われます。
象徴的なのが、いわゆるトロッコ問題です。暴走するトロッコが5人の作業員に向かっている。ポイントを切り替えれば助かるが、その先には1人の作業員がいる。AIは、どう判断すべきか?ここに正解はありません。重要なのは、AIの判断に透明性を与え、説明責任を果たす「AIガバナンス」の視点です。しかし一方で、倫理的な枠組みを「足かせ」とみなし、技術開発のスピードを最優先すべきだと考える立場も存在します。効果的加速主義が注目される背景には、スピードへの過剰な信仰があります。
忘れてはならないのは、AIが判断主体となるとき、その背後には必ず人間の思想があるという事実です。中立的なアルゴリズムなど存在しません。だからこそ、倫理や説明責任は不可欠なのです。私はここに、教育の責任があると考えます。学校は、答えを出すだけの訓練をする場所ではありません。本来は、問いを立て続ける力を育てる場です。哲学のように、立ち止まって考える姿勢そのものが不可欠なのです。AIが最適解を瞬時に提示する時代だからこそ、人間はその前提や影響を疑い、問い返す役割を担わなければなりません。
カリキュラム・マネジメントの観点から見ても、これは極めて重要です。教科を超えて価値や判断を結び直す力、すなわち横断的に考える力がなければ、AI時代の学びは断片化してしまいます。倫理、言語、科学、社会をつなぐ知的な背骨として、哲学的思考はこれまで以上に意味を持ちます。
AIはいずれ、自ら計画を立て、行動する存在になるでしょう。そのとき、社会の進路を決めるのは技術そのものではありません。それをどう位置づけ、どう使うのかを決めるのはあくまでも人間です。未来に責任を持つ現役世代として、私たちは「よき哲学」を次の世代に手渡さなければなりません。速さよりも深さを、効率よりも意味を問い続ける教育こそが、超知能時代の羅針盤になると感じています。