校長ブログ
インド農村部のSTEM教育
2026.02.24
グローバル教育
2月24日
教育とは、限られた才能を選抜するための仕組みではありません。本来、教育とは、生まれ育った環境や性別によって見過ごされてきた可能性を、社会の側が丁寧にすくい上げ、将来へとつなげていく営みです。その意味において、第5回日経アジアアワードを受賞したインドの非営利団体「ビギャンシャーラ・インターナショナル」の取り組みは、現代の公教育が直面する課題に対する、極めて示唆的な実践であると言えます。

同団体は、インドの農村部や辺境地域に暮らす若者、とりわけ女性を対象に、STEM(科学・技術・工学・数学)教育を無償で提供しています。インドでは人口の半数以上が都市部以外に暮らしており、気候変動や医療、エネルギーといった21世紀的課題は、むしろ地方においてより切実な形で立ち現れています。そうした課題を日常的に経験している人々こそが、科学の担い手となるべきであるという視点が実践の根底にあります。
共同創設者のダルシャナ・ジョシ氏は、「科学教育の民主化」を理念に掲げています。性別や家庭環境によって学びの機会が左右される現実を前に、同団体が導入したのが、対面とデジタルを融合した「フィジタル(Phygital)」型の教育モデルです。これは、Physical(物理的な学習環境)とDigital(デジタル技術)を組み合わせたハイブリッド型の学びのこと。遠隔地の学生にはオンラインで授業を提供しつつ、地域言語を話すスタッフが学習とキャリア形成に並走します。さらに、実験や観察など、実際に「見て、触れる」体験を重ねることで、理解の定着と学習意欲の向上を図っています。
重要なのは、単に知識を教えることにとどまらず、学習者が自らの将来像を具体的に描けるよう支援している点。女子学生には、国内外の科学者やエンジニア、企業経営者などをメンターとしてつなぎ、学問や仕事について語る言葉を獲得する機会を提供しています。初めてメールアドレスを持ち、社会と接続する入口に立つ学生も少なくありません。こうした一つひとつの経験が、学習者の自己認識を大きく更新していくのです。
教育改革とは、制度を変えること以上に、学習者の未来を社会がどこまで引き受けるかという問いでもあります。2030年までに年間10万人の女子学生を支援するという目標は、理念先行のスローガンではなく、現場に根ざした学習設計と、企業や研究者を巻き込んだ社会連携の積み重ねの上に置かれています。
社会情勢を見渡せば、AIをはじめとする先端技術の進展が、産業のあり方のみならず、人々の学び方や働き方そのものを大きく変えつつあります。STEM教育の重要性が高まる今だからこそ、ジェンダー平等を確保しながら、デジタルと科学のリテラシーを社会全体で育んでいく視点が求められています。
ビギャンシャーラ・インターナショナルの実践は、STEM教育の普及にとどまらず、「誰が学びの主体となるのか」という教育の本質的な問いを静かに突きつけています。希望と志を、特定の人々の特権にしない。その確かな意思こそが、これからの公教育に求められている姿なのです。