校長ブログ

英語教育を考える㊿-I から始まる英文の読み方

2026.03.19 教科研究

3月19

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生徒:英語長文で I が主語のエッセイって、入試によって要求される読みの深さが違う気がします。どう整理すればよいのでしょうか?

校長:よいところに気づいたね。ただ、最初に一つ押さえておきたいのは、試験が違っても、文章の本質そのものが変わるわけではないということ。

生徒:本質ですか?

校長:そう。大学入試で出てくる I を主語にした文章は、多くの場合、筆者の個人的な経験や観察が語られ、そこから内省が生まれ、最後に、考え方の変化や価値づけが示されるという三層構造をもっているんだ。これは、日本語でいう随筆文の定義とほぼ重なるね。

生徒:じゃあ、エッセイって随筆なんですか?

校長:大づかみに言えば、入試英語ではそう考えてよいね。ただし、英語のエッセイは日本語の随筆より少し守備範囲が広いよ。

生徒:と言いますと?

校長:I を主語にするエッセイにも、いくつか種類があるんだ。personal essay(随筆型)、reflective essay(内省型)、argumentative essay(論説型)、academic essay (学術論文型)といったところかな。でも、入試で問われる I-essay の核にあるのは、論証ではなく、個人的経験とそこから生まれる意味づけがほとんど。だから論説文とは違う。

生徒:じゃあ、主張を探す読み方は合っていないんですね。

校長:その通り。随筆では、thesis(主張文)が最初に明示されないことが多い。代わりに、出来事感情気づきという流れの中で、筆者のものの見方がどう変わったかが描かれるという流れだね。

生徒:その変化を追うのが基本なんですね。

校長:うん。では次に、入試ごとにどこまでその変化を読ませるかを見てみよう。まず、共通テスト型。エピソードは日常的で、文自体も平易だね。

生徒:細かい心情までは聞かれませんね。

校長:ここで問われるのは、「最初はどう考えていたか」「最終的にどう捉え直したか」この前後の対比を押さえられているかどうかだ。特に注意したいのは、I thought...I used to believe...といった過去の I の認識だよ。

生徒:今の考えと勘違いしやすいです。

校長:そこがねらいだ。共通テストでは、変化以前の Iを正解に選ばせようとする。時間表現や意識の転換を示す語が、最大の手がかりになるよ。

生徒:じゃあ、難関私大型はどう違うんですか?

校長:一段深くなる。ここでは、経験と内省の対応関係を正確に読めているかが問われる傾向が強いね。

生徒:論理的に書いてあるわけじゃないですよね。

校長:そう。随筆には、明示的な因果関係は少ない。でも、文脈の中には暗黙の因果がある。設問では、内省部分の言い換えを通して、なぜその考えに至ったのかを理解しているかが試されるね。

生徒:語彙より文脈ですね。

校長:エピソードの細部は目的じゃない。どの出来事が、どの気づきを支えているかを見るんだ。

生徒:最難関レベルになると、さらに難しく感じます。

校長:それは、随筆を思考のモデルとして読ませているからだよ。この段階では、個人的体験の背後にある、普遍的な問いをどこまで読み取れるかが問われるね。

生徒:体験談なのに、哲学的になりますね。

校長:そうだね。出来事そのものより、筆者が世界をどう理解し直したかが焦点になる。設問も、書いてあることではなく、そこから必然的に導かれる理解を選ばせることが多いよ。

生徒:推論の読みですね。

校長:推論的読解だね。でも構造は同じだよ。最初の I。揺さぶりとなる経験、違和感、再構築された理解。このプロセスを、どれだけ精密に追えるかなんだ。

生徒:三つのタイプ、別々だと思っていました。

校長:実は一本の線でつながっているんだ。共通テスト型は変化に気づけるか、難関私大型変化の理由を説明できるか、最難関国公立型は変化の意味を抽象化できるか、といったところかな。

生徒:土台は随筆の読みなんですね。

校長:I は固定された主体じゃない。経験によって更新される存在なんだ。それを押さえていれば、どの入試でも対応できるはずだよ。

生徒:英語を読んでいるというより、人の思考を追っている感じです。

校長:まさにそれだ。I-essay は、言語を通して、思考の成長を読む試験なんだよ。