校長ブログ
未来を考える力
2026.03.07
トレンド情報
3月7日
未来をどう描くか、という問いは、決して他人事ではありません。はるかな未来に、科学技術が社会や私たちの生活をどう変えているのか?かつてはSF小説が担ってきたこの問いに、いま政府や研究者、さらには市民自身が向き合い始めています。科学の進歩が加速し、将来が見通しにくくなる時代だからこそ、未来を考える力そのものが重要になっているのだと感じます。
東京都がこの春に発表した「22世紀の予言」は、その象徴的な取り組みでしょう。生成AIを用いて、100年後に実現しているかもしれない技術を描き出しました。人が月や火星へ移り住む、天候を制御して災害を防ぐ、知識を瞬時に脳へ取り込む―まるでSFの世界のような内容に、胸が躍った方も多いのではないでしょうか?一方で、現時点では実現の道筋が見えない技術が含まれているのも事実です。それでも、あえて未来を描くことに意味があるのだと思います。
技術予測の専門家が指摘するように、予測は「当てる」こと以上に、考えるきっかけを与えてくれます。日常生活の中で、50年後や100年後の社会を真剣に想像する機会は多くありません。しかし、未来にどのような技術が登場し得るのかを知ることで、思考の視野は大きく広がります。教育においても、目の前のテストや進路だけでなく、その先にある社会を見据える視点が求められています。
今回の予言が興味深いのは、実は120年以上前の「二十世紀の予言」をひな型にしている点。1901年、報知新聞は新しい世紀に実現すると考えられる技術を紹介しました。無線電話、気温を調節する機械―当時は夢物語に近かったものが、今では私たちの生活に欠かせない存在になっています。もちろん、実現していない予測もありますが、全体としては科学の進歩に対する明るい信頼が感じられます。
現代の技術予測は、より洗練された方法で行われています。デルファイ調査や未来学といった手法を用い、日本では半世紀以上にわたって国を挙げた科学技術予測が続けられてきました。しかし近年、その難しさは増しています。技術の進歩が速いだけでなく、環境問題や幸福感など、複数の分野が絡み合うテーマが増えているからです。実際、遠い未来まで見通せる技術の割合は大きく低下しています。
だからこそ、市民の声を取り入れる試みに大きな可能性を感じます。専門家だけでなく、多様な立場の人々がどんな社会を望むのかを語ることで、技術の方向性も変わってくるはずです。AIが効率を高める一方で、仕事を奪う側面を持つように、技術は常に光と影を併せもちます。その両面を見据え、より良い未来を主体的に選び取る力を育てることが、教育の役割だと考えています。
未来は予測するものでもあり、同時に創っていくもの。遠い22世紀を思い描くことは、今をどう生き、何を学ぶかを問い直すことにつながります。学校という場から、未来を考える対話を広げていきたい。そのような思いを、改めて強くしています。