校長ブログ

現代の国語

2026.03.26 教科研究

3月26

『現代の国語』に小説が戻ってきました。2026年度から主に高1が使う『現代の国語』で、小説を載せたタイプが増加しており、全22冊のうち11冊を占め、採択率も50%を超えたとのこと。

DSC07664.JPG

 学習指導要領の改訂により、『現代の国語』は実用的な文章を通して、思考力・判断力・表現力を育てる科目として再設計されました。その過程で、「文学作品は言語文化で扱う」という整理がなされ、一部では『現代の国語』から小説が消えると受け止められました。しかし現実には、2026年度使用の教科書で小説掲載が大きく増え、採択率も高まっています。これは方針転換というより、現場の切実な声が形になった結果だと感じています。

 私自身、英語教育やカリキュラム・マネジメントに長く関わってきましたが、教科を問わず一貫して大切だと思っているのは、言葉は人と人をつなぐためにあるという視点です。実用文であれ、小説であれ、言葉は常に他者との関係の中で意味を持ちます。むしろ小説ほど、他者の視点、異なる価値観、曖昧さや葛藤を豊かに内包した教材はありません。

「論理」と「文学」は別物という考え方があります。しかし本当にそうでしょうか?小説には、登場人物の行動や心情を支える明確な因果関係があります。比喩や象徴、語りの構造を読み解くことは、高度な論理的思考そのものです。寓話が時に実用文以上にメッセージを鮮明に伝えることがあるという指摘は、まさに教育の核心を突いています。

 現場の教師が『現代の国語』を敬遠した理由の一つに、小説が扱えないという曲解がありました。多くの教師は、生徒に多様なものの見方を身につけさせたいと願っています。そのための重要なインプットが、物語を読む経験です。アウトプット重視の時代だからこそ、その前提となる内面的な思考の蓄積が欠かせません。

 海外に目を向けると、米国では一冊の小説を丸ごと読む授業があり、フィンランドでは「母語と文学」が学力の土台を支えています。共通しているのは、教師の専門性と裁量が尊重されている点です。日本でも、学習指導要領という共通基盤を大切にしつつ、学校や教師が教材をどう活かすかについて、もう一段の自由度があってよいのではないでしょうか?

 今回の教科書の変化は、『現代の国語』が再び豊かな言語活動の場になり得ることを示しています。小説を通して論理を学び、論理を通して他者を理解する。その往還こそが、これからの国語教育に求められている姿だと考えています。