校長ブログ

英語教育を考える55ー英語テスティング

2026.04.25 英語教育

 この記事は音声でも、お聴きいただけます。

4月25日

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若手教師:英語のテストを作るたびに、これは本当に生徒の力を測れているのかと不安になります。文法問題を増やせば平均点は安定しますが、それで英語力が伸びている実感がありません。

校長:それを感じている時点で、あなたは前進していると言えるよ。テストは点をつける道具ではなく、学びを設計する「装置」のようなもの。どんなテストを作るかで、生徒の学び方そのものが変わるんだよ。

若手教師:学びを設計する装置...ですか?

校長:そう。例えば、OECDが提唱しているコンピテンシー概念や、文科省の学習指導要領でも、英語は知識の量ではなく活用できる力が重視されているね。にもかかわらず、テストが知識再生中心であれば、生徒は当然そこに最適化しているんだ。

若手教師:確かに、生徒はテストに出るかどうかで学習内容の重みづけをしています。

校長:だからこそ、テスティング・リテラシーを持たなければならないんだ。妥当性(validity)、信頼性(reliability)、実用性(practicality)、そして波及効果(washback effect)だね。もちろん、説明責任(accountability)もあるよ。特に波及効果は重要。テストが授業を歪めていないか、逆に授業改善を促しているかを常に考える必要があるね。

若手教師:妥当性というのは、測りたいものを測れているかという理解でよいでしょうか?

校長:その理解でいいよ。ただし妥当性は単一ではない。内容的妥当性、構成概念妥当性、基準関連妥当性など、多面的に検討する必要があるんだ。例えば、コミュニケーション能力を測ると言いながら、実際には文法の選択問題だけで評価していないか。そこにズレが生じると、測定は簡便でも教育的には空洞化するからね。

若手教師:では、パフォーマンステストを増やすべきでしょうか?スピーキングやライティングなど。

校長:方向としては賛成だよ。ただし増やせばよいという単純な話ではない。パフォーマンス評価にはルーブリック設計が不可欠だね。評価規準と評価基準を峻別し、観点ごとの記述を明確にする。さらに評価者間信頼性も確保しなければならない。複数評価者によるキャリブレーションも重要だね。

若手教師:そこまで考えると、テストづくりは研究に近いですね。

校長:実際、テスティングは応用言語学の重要分野だよ。例えば、Educational Testing Serviceの研究などを読むと、評価設計の理論的蓄積がよくわかる。学校現場でも、理論と実践を往還させる姿勢が必要なんだ。

若手教師:校長先生は、学校全体としてどのような方向性をお考えですか?

校長:カリキュラム・マネジメントの中でテストを位置づけることを意識しているよ。単元目標、評価規準、授業活動、そしてテストが一貫しているか。いわゆるアラインメントだね。ここがずれると、生徒も教師も疲弊する。

若手教師:確かに、授業でディスカッションを重視しているのに、期末試験は長文読解と文法だけということがあります。

校長:それではメッセージが分裂してしまうね。コミュニケーション力を伸ばそうと言いながら、実態として、点数は文法で決まると伝えていることになる。評価はメッセージなんだよ。だからこそ、我々は評価の哲学を持つ必要がある。

若手教師:評価の哲学ですか...

校長:そうだよ。英語を通して何を育てたいのか。異文化理解か、自律的学習者か、それとも論理的思考力か。目的が明確になれば、テストの形式も自然と定まる。例えば、批判的思考を育てたいなら、単なる要約ではなく、意見を構築させる設問が必要だね。

若手教師:テストを変えることは、学校文化を変えることにつながりますね。

校長:まさにその通りだよ。テスト改革は小さな技術的変更ではなく、組織変革なんだ。テストは孤立した作業ではなく、チームで磨くものだからね。

若手教師:本日のお話で、テストが怖いものではなく、教育を前進させるレバーだと感じられました。

校長:それは嬉しいね。テストは「終わり」ではなく「始まり」だよ。結果を分析し、フィードバックし、次の授業設計に活かす。その循環ができて初めて、評価は学習の一部になる。Assessment for Learning という考え方だね。

若手教師:ありがとうございます。次の単元では、目標から逆算して評価を設計してみます。

校長:よい挑戦だね。大切なのは、子どもたちの未来に資する評価を本気で考えること。英語テスティングは、単なる試験作成ではない。教育の質を問う営みなんだ。そこに誇りを持ってほしいね。