校長ブログ

英語教育を考える59ーPPP

2026.05.23 英語教育

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中堅教員:英語授業の議論で、PPPからの脱却が話題になりまして。従来の流れ自体は分かりやすく、授業設計もしやすいのですが、最後のProductionでも、生徒が本当に自分の言葉として使えているのかという点には、どうしても疑問が残ります。

校長:まず確認しておきたいのは、PPPとはPresentationで教師が新しい言語項目を提示し、Practiceで反復練習を行い、最後にProductionで自由に使わせるという従来型の指導モデルだね。その上で今の指摘は重要で、本質的な問いになっている。PPPは教えたことを使わせるという発想に立っているけれど、言語習得はそれほど直線的には進まない。むしろ、使おうとする中で不足に気づき、その後の学習が深まるという、非線形のプロセスとして捉える必要があるね。

中堅教員:すると、最初からアウトプットをさせる必要があるということになりますね。ただ、インプットが不十分な状態で話させることには、どうしても抵抗があります。

校長:その感覚はよく分かるよ。ただし、"不完全なアウトプット"こそが学習を駆動する側面がある。自分の言いたいことが言えないという経験が、"何を学ぶべきか"を学習者自身に明確にする。いわゆる気づきのプロセスだね。

中堅教員:つまり、授業の最初にやりとり活動を位置づけるという設計になるわけですね。

校長:そうだね。例えば単元の冒頭でシンプルな問いを提示し、即興でペア対話をさせる。ここでは正確さよりも意味のやりとりを優先する。生徒は限られた語彙で何とか伝えようとする。その経験自体が、その後の学習の土台になるんだ。

中堅教員:従来の"教えてから使わせる"とは、発想が大きく異なりますね。

校長:逆転というより、"使用を起点にする"設計と捉えた方がよい。その後で必要に応じて言語形式を整理する。つまり、アウトプット→気づき→インプット→再アウトプットという循環を、意図的に授業の中に組み込むということだね。

中堅教員:確かに、その方が学習は能動的になります。ただ、日本の生徒は間違いを避けようとする傾向が強く、発話が止まってしまうことがあります。

校長:そこは評価と文化の問題が大きい。"正確さ中心"の評価が強いと、生徒はリスクを取らなくなる。だからこそ、"やりとりの持続"や"伝えようとする姿勢"を評価の中に組み込む必要があるね。

中堅教員:評価基準を変えることで、生徒の行動も変わるということですね。

校長:その通り。例えば、"相手の発話に応じて質問を返しているか""会話を途切れさせずに続けているか"といった観点を明示することで、生徒の意識は"正しく話す"から"やりとりを続ける"へと転換していく。

中堅教員:そうなると、授業における教師の役割も変わってきますね。

校長:大きく変わるね。教師は説明者ではなく、学習のプロセスを設計する存在になる。どのタイミングでアウトプットを位置づけ、どこで気づきを促し、どのようなインプットを与えるか。その設計力こそが問われるところだと思う。

中堅教員:従来のPPPは、完全に否定すべきでしょうか?

校長:否定する必要はない。ただし、それに依存しないことが重要だね。特に最初に教えなければならないという固定観念からは、意識的に離れる必要がある。

中堅教員:なるほど。最初から使わせることで、学びの質そのものが変わるということですね。

校長:そうだね。最終的な目標は、生徒が即興的に意味を交渉できる力を身につけることにある。そのためには、授業の入口から"使う場"を保証する設計が不可欠だよ。

中堅教員:次の単元で、導入からアウトプットを取り入れてみます。

校長:ぜひ実践してみてほしいな。重要なのは、理論を理解することにとどまらず、それを授業設計として具体的に実装することだからね。