校長ブログ
良き問いで未来を拓く
2026.05.14
カリキュラム・マネジメント
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5月14日
今、社会はかつてない速度で変化しています。生成AIが瞬時に答えを示し、情報は指先一つで手に入る時代です。そのような環境の中で、生徒たちに本当に育みたい力とは何でしょうか?それは正解を早く見つける力ではなく、本質に迫る問いを立てる力ではないかと考えます。
京都大学の『京大100人論文』という取り組みは、その象徴的な実践です。研究者が自らの研究テーマをポスターにして掲示しますが、そこに氏名や所属はありません。あるのは、ただ「問い」だけです。来場者はその問いに向き合い、自由に付箋で意見や新たな疑問を書き込みます。
例えば、「子どもにしか感じることができない世界はあるのでしょうか」という問い。そこに「幼いころの記憶を掘り起こせれば楽しそう」という声や、「なぜみんなは小さいころの楽しい記憶を忘れてしまうのでしょうか」という小学生の問いが重なります。問いが問いを呼び、思索が広がっていく。まさに探究の連鎖です。
私はここに、教育の原点を見る思いがします。発表者への忖度を排し、純粋に問いそのものと向き合う。研究者が探究者であった初心に立ち返る。この姿勢は、学校現場にも通じます。教員もまた、教える人である前に、問い続ける人であること。その在り方こそが大切なのです。
人生には、答えのある問いと、答えのない問いがあります。そして本当に重要な問いほど、簡単には答えが出ません。だからこそ、自ら選び取ったテーマを粘り強く問い続ける覚悟が求められます。STEAM教育とは、単に理数科目を強化することではなく、文理の枠を越え、複雑化する社会課題に向き合う「問いの力」を育てる営みだと思います。
日本はこれまで世界的な研究成果を生み出してきました。しかし、その背景には20年、30年という歳月をかけた地道な探究の積み重ねがあります。一方で、研究力の国際的な存在感が揺らいでいる現実もあります。だからこそ、高校段階から理系分野に関心を持つ生徒を育て、好奇心を持続させる環境づくりが重要です。
企業による理数教育支援の現場では、知識の詰め込みではなく、実験と検証を通した学びが重視されています。仮説を立て、試し、確かめる。その過程でWhy?という問いが深まります。生徒たちが「考察したことが合っていたときに面白さを感じた」と語る姿は、学びの本質を物語っています。サイエンスの根底にあるのは、知識量ではなく好奇心なのです。
また、文学作品をSTEAMの視点で読み直す実践も示唆に富みます。例えば、宮沢賢治の『やまなし』を扱った授業では、「クラムボンとは何か」「なぜ父ガニは子どもたちにあのように語ったのか」「川の光の描写にはどのような科学的背景があるのか」といった問いが生まれました。生徒たちは物語を情緒的に味わうだけでなく、生態系や光の屈折、作者の意図にまで思考を広げていきます。文学の世界を壊すのではなく、むしろ立体的に読み深めることにつながるのです。
AIが瞬時に答えを提示する時代にあっても、問いを立てるのは人間です。問いの質が、思考の質を決めます。教育に携わる私たちは、生徒たちが安心して問いを発し、問いを磨き、問い続けられる環境を整えなければなりません。「良き問い」がミライを拓くのです。その第一歩は、私たち大人自身が問い続ける姿を示すことではないでしょうか?