校長ブログ

思考の可視化

2026.05.22 EdTech教育

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5月22日

 桜美林大学で西洋古典学を専門とする田中一孝准教授が、授業特化型AIを自作し、哲学教育に活用する実践に取り組まれています。田中准教授は、プラトンやアリストテレスといった古代哲学を原典から読み解く研究者。ギリシャ語やラテン語の原典に向き合い、長い研究史を踏まえて議論を組み立てる西洋古典学は、決して敷居の低い学問ではありません。

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 そのハードルを下げようと開発されたのが、原典検索と解釈支援を行う「ヒューマニテクスト」です。さらに生成AIを高等教育の現場にいかに有益かつ公正に導入するかという課題にも取り組み、「アカデミックダイアログ」という授業特化型AIを開発されています。

 生成AIは、日常生活だけでなく思考様式そのものを変えつつあります。料理の段取りや旅行計画の立案など、煩雑な作業を瞬時に整理してくれます。これは思考の「外部委託」とも言えるでしょう。AIを上手に使える人は、問いの立て方や依頼の仕方を工夫できる人でもあります。

 しかし学習場面では慎重さが求められます。レポートをAIに丸投げすることは自らの思考訓練の機会を失うことにもなります。かつては成果物の質と本人の能力は概ね一致していました。ところが生成AIの登場により、成果物と提出者の力量は容易に切り離されます。しかも高性能なAI環境を整えられるかどうかは経済力とも関係します。教育評価が家庭環境の差を反映する構造になってはなりません。

 アカデミックダイアログの意義は、こうした課題への具体的な応答にあります。教員がシラバスや授業資料をアップロードするだけで、その授業に即したAI環境が構築されます。学生は資料に基づいて質問し、対話を重ねます。アリストテレスの幸福論を説明すれば、さらに理性の働きについて問い返される。そこにはソクラテス的な対話の再現があります。

 特筆すべきは、学習の過程がログとして記録される点。教員は完成した文章だけでなく、そこに至る思考の軌跡を確認できます。これからの教育に求められるのは、結果の優劣を競う仕組みではなく、学びのプロセスを丁寧に設計し、適切に評価する仕組みだと考えています。

 AI時代には二つの格差が生じます。活用できる学生とできない学生の差、そして活用しようとする意欲の差です。これを放置すれば学習到達度の差は拡大します。だからこそ、学校や大学が共通のAI環境を整備し、誰もが安心して活用できる基盤を用意することが重要です。

 テクノロジーが進化するほど、教育の本質は問い直されます。成果物が向上したとき、それはAIの性能なのか、依頼スキルなのか、それとも学生自身の思考の深化なのか。その違いを見極めなければなりません。問い続けること、対話すること、そして思考の過程を大切にすること。AIと共存する時代において、教育設計の責任はこれまで以上に重く、そして創造的であるべきだと考えています。