校長ブログ

好奇心

2026.05.06 学校生活

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5月6日

 人口減少とAIという二つの大きな波が、今、日本の教育を根底から揺さぶっています。伊藤公平・慶應義塾大学塾長の提言(日経2026.1.5)を読むと、改めて教育の役割とは何かを考えさせられます。

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 2040年、18歳人口は現在より3割以上減少すると考えられています。「国民の数×能力の平均=国力」と定義するならば、人口が減る分、教育の力で平均能力を3割以上引き上げなければ、現状維持すら難しいということになります。進学率はすでに約87%に達し、留学生で定員を補うという議論も現実的とは言えません。最重要課題は、質の向上であることは自明です。

 特に重要なのは、トップ大学だけでなく、圧倒的多数の学生が学ぶ「中間層」の大学の底上げです。現在、国の重点支援は一部の研究大学に集中しています。例えば、国際卓越研究大学制度では東北大学と東京科学大学が認定されました。しかし、そこに在籍する学生は日本全体から見れば一部にすぎません。

 これから求められるのは、多様な使命を持つ大学それぞれが、自らの教育を革新し、その成果を可視化し、正当に評価される仕組みです。総合大学、教育大学、医療系大学、地域を支える大学など、その多様性こそが、日本の強みであるはずです。

 大学院の強化も言うまでもありません。日本は学部進学率こそ高いものの、大学院進学率はOECD平均の約3分の1にとどまっといます。社会人が学び直しや高度専門職への挑戦をしやすい制度設計をすることが必要です。文理融合や産学協働を掲げる東京大学の「カレッジ・オブ・デザイン」構想のように、柔軟で横断的な学びの設計は大いに参考になります。

 では、AI時代に本当に必要な力とは何でしょうか?伊藤塾長の「好奇心」という言葉に強く共感します。生成AIを単なる効率化の道具として受動的に使うのか、好奇心をもって問いを投げかけ、自らの思考を拡張するパートナーとするのか。その差は決定的です。

 好奇心の育成に向けて、小中学校段階から好きな教科を学年の枠を超えて伸ばし、仲間に教え合う。高校では文理を横断するリベラルアーツに触れ、「本物」に出会う経験を重ねる。そして大学では、多様なカリキュラムや留学、課外活動を通じて好奇心を社会的実践へとつなげていく。この連続性が重要です。

 同時に、各段階の役割を再定義しなければなりません。高校は大学入試の予備校ではなく、大学は就職準備機関ではありません。それぞれが固有の教育的使命を果たしながら、次の段階への橋渡しをする。このバランスの回復が急務です。強調したいのは、焦らないこと。AIが進化しても、人間の認知能力は急激には変わりません。人生100年時代、学びはマラソンのようなものです。行き詰まりを感じたときには、年齢を問わず再び大学の門をたたけばよいのです。

 人口減少とAIという時代の荒波の中で、育てたいのは「好奇心を持ち続ける市民」です。好奇心は、挑戦の源であり、他者への感謝と連帯を生み出すエンジンでもあります。教育の使命は、まさにそこにあると考えています。