校長ブログ
学びのプロセスの転換
2026.05.28
グローバル教育
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5月28日
人間の「知」の価値が、いま大きく問い直されています。生成AIの急速な進展によって、知識の獲得や正解の提示は、もはや人間の専売特許ではなくなりました。同時に、世界では分断や対立が深まり、単に知識を持つだけでは社会を前に進めることが難しい時代に入っています。では、これからの教育において、何を育てるべきなのでしょうか?
世界の教室に目を向けると、日本とは異なる「学びの前提」がすでに動き始めていることに気づきます。例えば、ロンドンの公立一貫校では、算数の授業がディベートのように展開されます。教師はすぐに正解を示さず、「なぜそう考えたのか」「他の考えはあるか」と問い続けます。子どもたちは互いに意見を出し合い、ときに衝突しながらも、説明し、理解し合う過程を重ねていきます。
ここで重視されているのは、正解そのものではありません。むしろ、正解に至るまでの思考のプロセスや、他者と合意形成を図る力です。AIが瞬時に答えを出せる時代だからこそ、なぜそうなるのかを他者に伝え、異なる意見と向き合う力が価値を持つのです。これはまさに、人間にしか担えない知の領域と言えるでしょう。
このような学びは「Oracy」(オーラシー)」と呼ばれ、英国全土で広がっています。話す・聞くという言語活動を通して、思考力と社会性を同時に育てる試みです。歴史の授業においても、知識の暗記ではなく、仮説を立て、根拠を問い、他者の意見に耳を傾ける姿勢が求められます。そこには、「知ること」と「関わること」を一体化させる教育観があります。
一方、ニュージーランドでは、そもそも「受験」や「宿題」に依存しない学びが広がっています。子どもたちは放課後、自分の興味関心に基づいた活動に時間を使い、小学生のうちから自分は何に夢中になれるのかを探究します。その延長線上に、高校での選択科目制があります。誰一人として同じ時間割にならないという環境は、多様性そのものです。
また、教師のあり方も大きく異なります。アメリカでは、脚本家やパイロットといった異業種から教育に転じた人材が教壇に立ち、自身の実体験をもとに授業を構成します。デンマークでは、複数の教師が一つのクラスを支え、教材も教師自身が選択します。教師が専門職として自律的に学び続ける文化が根付いています。
これらの事例に共通するのは、多様性と主体性を前提とした教育です。学びは一律ではなく、子ども一人ひとりの問いや関心から始まります。そして教師は、そのプロセスを支える専門家として機能します。
翻って日本の教育を考えると、いまだに正解志向や一斉指導に強く依存している側面が否めません。しかし、AI時代において求められるのは、知識の量ではなく、それをどう使い、他者とどう関わるかという力です。
今こそ、教育の軸を「正解」から「プロセス」へと転換する必要があります。子どもたちが自ら問いを立て、他者と対話しながら学びを深めていく。そのような学びの設計こそが、これからの時代におけるカリキュラム・マネジメントの核心であると考えます。