校長ブログ

英語教育を考える71:日本人英語教師から学ぶ意味

2026.08.10 英語教育

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生徒:日本人の英語の先生から学ぶことって、英語力の面では不利なんでしょうか?やっぱりネイティブの方がよい気がしてしまいます。

校長:誰が教えるかを単純に比較するだけでは、言語学習の本質は見えてこないよ。第二言語習得研究(SLA)では、学習は"インプットとアウトプットの循環過程"として捉えられているんだ。

生徒:循環過程、ですか?

校長:そう。例えば、クラシェンのインプット仮説では、理解可能なインプットが重要だとされる一方で、スウェインのアウトプット仮説では、"産出することで初めて気づきが生まれる"と言われている。つまり授業は完成ではなく、プロセスの一部なんだね。

生徒:日本人の先生だと、そのプロセスにどう関わるんですか?

校長:そこが重要なんだよ。日本人英語教師の強みは、学習者がどこでつまずくかを母語話者としての経験から構造的に理解している点にある。これは、ヴィゴツキーの最近接発達領域(ZPD)でいうと、一人では難しいことでも、先生の助けがあればできるようになる状態をつくるために、先生がちょうどよいサポート(ヒントや説明)をしているということなんだ。

生徒:なるほど、説明がわかりやすい理由ですね。

校長:そう。さらに認知的負荷理論の観点からも、学習初期段階では母語を介した明示的説明が、理解の効率を高めることがある。つまり日本人教師は理解の最適化に強い役割を持つんだね。

生徒:でも、話せるようになるには足りない気もします。

校長:よい視点だね。そこで必要なのが"転移と再構成"なんだ。授業で得た知識を、実際の使用場面へと移す必要がある。ここで重要なのが気づき仮説(noticing hypothesis)で、自分の誤りや表現のズレに気づくことで習得が進むんだよ。

生徒:じゃあ、授業だけでは完成しないんですね。

校長:その通りだね。授業は完成品ではなく設計図なんだ。そこから先は、君自身が英語を使う社会的実践の中で意味を与えていく。これは社会文化理論の考え方でもあるんだよ。

生徒:日本人の先生から学ぶ意味が少し分かってきました。

校長:大事なのは比較ではなく役割分担なんだ。理解を深める教師と、使用を促す学習者。その協働構造の中で英語力は形成されるんだね。