校長ブログ
偏差値の先にある教育―神戸山手Gが育てる世界基準の人間力
2026.10.30
入試情報
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10月30日
![]() 教育評論家:先生は世界基準の生徒育成という言葉をよく使われます。その理念は、神戸山手グローバルの日々の教育に、どのように表れているのでしょうか?
校長:私は、世界基準とは海外大学に進学することでも、英語が流暢に話せることだけでもないと考えています。自分とは異なる価値観を持つ人と対話し、自ら問いを立て、答えのない課題に挑戦し、その結果に責任を持つ。そうした力を身につけることです。本校では、そのために英語、探究は多様性を別々の教育活動として扱うのではなく、一つの学びの循環として捉えています。
教育評論家:具体的には、どのような実践でしょうか?
校長:例えば探究活動です。本校の生徒たちは、与えられたテーマについて調べて発表するだけではありません。「なぜなのか」「本当にそうなのか」「自分ならどうするのか」という問いを立てます。情報を集め、複数の視点から比較し、自分の仮説をつくり、他者との対話を通して考えを修正する。これは、教育学でいう探究的な学習のプロセスそのものです。そして重要なのは、最後に正解を先生からもらうのではなく、自分自身の言葉で結論を出すことです。
教育評論家:英語教育との接続はいかがでしょうか?
校長:例えば、本校のグローバル選抜探究コースでは、英語に多く触れる時間を確保しながら、英語を受験科目としてだけではなく、世界とつながるための言語として扱っています。海外の人と交流する。異なる文化について調べる。自分の地域や日本について英語で説明する。そうすると、生徒に変化が起こります。英語を勉強するから、英語を使って何かを伝えたいに変わるのです。この変化は、テストの点数だけでは測ることができません。
教育評論家:多様性についても、具体的な事例がありますか?
校長:もちろんです。本校には、いわゆる「勉強が得意」という一つの尺度だけでは評価しきれない才能を持った生徒がいます。例えば、芸術や表現活動に強い関心を持ち、将来、海外で活動したいという夢を持って入学してくる生徒もいます。私は、そうした夢を学校教育とは別のものとして扱いたくありません。学業を大切にしながら、自分の専門性を磨く。その両方を追求できる環境をつくることも、学校の重要な役割だと思っています。
教育評論家:それは、いわゆる才能教育とも関係しますね。
校長:はい。ただし、才能とは最初から完成された能力ではありません。教育によって自分には何ができるのかを発見し、それを社会の中でどう生かせるのかを考えられるようになることが重要です。だから本校では、生徒の違いを矯正するのではなく、違いを可能性として捉えます。ある生徒にとっては英語。ある生徒にとっては探究。ある生徒にとっては芸術やスポーツ。また別の生徒にとっては、人を支える力かもしれません。
教育評論家:つまり、学校が生徒に一つの成功モデルを押しつけない。
校長:その通りです。大学合格実績も、もちろん学校教育の重要な成果です。しかし、それだけを「成功」と定義してしまうと、生徒の可能性を狭めてしまいます。学院の教育ミッションであるCommunication、Consideration、Commitmentという「3つのC」も、まさにその考え方につながっています。人とつながる。相手を理解しようとする。そして、自分の意思で行動する。この三つがあって初めて、知識や技能が社会の中で生きてくるのです。
教育評論家:では、神戸山手グローバルにおける世界基準とは、どのように定義できますか?
校長:私は、世界のどこに行っても、自分の頭で考え、自分の言葉で語り、異なる背景を持つ人と協働できる人だと考えています。そして、その力は一朝一夕には育ちません。日々の授業、探究、英語でのコミュニケーション、学校行事、異文化との出会い、友人との対話。その一つ一つの経験が、生徒の中に蓄積されていきます。
教育評論家:偏差値では見えない成長を、学校はどう捉えるべきでしょうか?
校長:私は、入学時と卒業時で、生徒の世界がどれだけ広がったかを見てほしいと思っています。知らなかった世界を知った。話したことのない人と話した。できないと思っていたことに挑戦した。自分の将来について、自分の言葉で語れるようになった。これらは、偏差値という一つの数値には表れません。しかし、社会に出た後、生涯にわたって生徒を支えるのは、むしろこうした力ではないでしょうか。
教育評論家:最後に、学校選びをする保護者へのメッセージをお願いします。
校長:この学校に入れば偏差値がいくつ上がるかだけではなく、この学校で、わが子は何者になれるのかを考えていただきたいと思います。神戸山手グローバルが目指すのは、偏差値を否定する教育ではありません。学力を土台にしながら、その先にある人間の可能性を育てる教育です。世界は、ますます予測困難になっています。だからこそ私たちは、未来に適応するだけの生徒ではなく、未来を自ら切り拓く生徒を育てたい。学力を身につける。問いを立てる。世界と対話する。自分の可能性を発見する。そして、社会の中で自分の役割を果たす。その一連の成長こそ、偏差値だけでは測ることのできない、学校教育の価値なのだと思います。
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